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last update 25/May/2003

論文(?)「数学史のパラダイム・チェンジ」

主張の概要

「数学史のパラダイム・チェンジ」は『現代思想』2000年10月増刊号(総特集・数学の思考)に掲載された論文です.いや,論文と言ってしまうのはちょっと躊躇する大風呂敷的ヨタ話ですが.

現代数学につながる数学史を考えると(というわけでここではとりあえず和算なんかは除外します),そこには3回のパラダイム・チェンジがあった,というのがこの論文の主張です.その3回とは

  1. ギリシアにおける「証明の発明」
  2. 近世(17世紀)における「記号の発明」
  3. 近代(19世紀)における「定義の発明」

です.どうです,怪しげな大風呂敷でしょう.定義が19世紀の発明である,というとびっくりする方もおられると思いますが,詳しいことは論文(?)そのものをご覧下さい.

この論文のもう一つの主張は,数学の歴史はその結果や内容でなく,技法を中心に見ていくべきである,ということです.わかりやすく言えば「円周率の歴史」とか「三角法の歴史」とかいうものには歴史的価値は微塵もない,それはただの数学風読み物だ,ということです.

この主張は私のオリジナルではなく,私の訳した『数はどこから来たのか:数学の対象の本性に関する仮説』の著者ジュスティ氏の主張を敷衍しているだけなのですが.

Errata et corrigenda

さっそくですが,訂正,補足すべき個所は以下のとおりです.
  • 54ページ下段最後から5行目.「(6)は」とあるのは「(7)は」の誤りです.(7)は二つのことを用いているわけです.すると後の文章のつながりがおかしくなりますので,適当に訂正して下さい.
  • 56ページ下段最後から9行目.「Kのそばの中心」というのは,訳として不正確なのではないかという指摘を頂きました.文字通りは「Kがその上にあるような中心」です.中心の上に(epi, 英語ならon)Kという文字があるというわけです.もちろん図においては中心の真上にKという文字を重ねて書くわけにはいきませんから,脇に書いてあります(少なくとも我々が所持する写本では).したがってその後の喩えも「郵便局の角」というよりは「郵便局のある角」とするほうが適切でしょう.

    それでこのKは記号なのか,という問題ですが,まず,郵便局の喩えは正当かといえば,郵便局には郵便を扱うというそれ自体の目的があり,交差点の位置を示すためだけに郵便局を建てるわけはないので,喩えとして厳密には適切ではありません.これに対してKという文字は郵便局と違って円の中心を指し示すためだけに導入され,存在しているわけです.その点では「**何丁目」とか書いてある道路標識のほうが文字Kの役割に近いでしょう.

    しかしやはり後世のエウクレイデスなどに見られる「中心K」という表現でなく「Kがその上にある中心」というヒッポクラテスの表現は,Kがまだ中心を指す記号になりきっていないことを示すと私は思います.Netzはこの種の事態をこう述べています(以下文献[8], p.47より引用).「アルファという文字が,その隣にある点を指すのは,それがその点の記号であるおかげではなく,単にその点の隣にあるからである.図における文字は便利な標識なのである.それは対象の代わりとしてあるのでなく,対象の上にあるのである.(... the letter alpha signifies the point next to which it stands, not by virtue of its being a symbol for it, but simply because it stands next to it. The letters in the diagrams are useful signposts. They do not stand for objects, they stand on them.)


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