本題に戻って(1)の『科学史研究』(和文誌).この編集は大変です.分野が多様だからです.仮に,古代東洋の星食記録の天文学的検討と,旧制高校の実験器具の調査と,『原論』近世ラテン語訳の訳語の調査と,高温超伝導物質の発見史の論文があったら,どれを載せるべきなのでしょうか.
編集委員会は,そのためにレフェリーに査読を依頼します.レフェリーの意見は「掲載可,修正の上掲載可,修正のうえ再査読,掲載不可」の4段階が基本です.しかし,やたら厳しいレフェリーもいれば,何とか論文のいいところを見つけようとするレフェリーもいます.
検討すべき先行研究を指摘し,論文の問題点や改善のヒントを細々と指示するレフェリーもいれば,「こんな論文ダメダメ」みたいな表現であっさり論文を却下する人もいます.レフェリーは分野によってほぼ決まっているので,厳しくて不親切なレフェリーがいる分野の著者は不運です.
レフェリーの側から考えると,査読が厳しすぎると自分の専攻分野の論文数が減って分野が衰退します.しかし質の低い論文を高く評価しては信頼を失います.結局,丁寧に論文を読んで,改善すべき点を具体的に指摘して論文の質を上げるのが,良心的かつ戦略上も有利ということになります.
しかしそういうレフェリーばかりではありません.レフェリーを依頼されたことで舞い上がってしまって,とにかく厳しい意見を言う,しかも具体的な問題点を指摘しないという人もいます.特に論文の結論が自分の考えと違うと,はじめに却下ありきという人もいるようです.
編集委員会は,レフェリーによる4段階評価だけでなく,その査読報告を慎重に読み,その意見や基本的スタンスが妥当か,意見が厳しすぎる(甘すぎる)のではないかを検討し,分野によって著者に運不運が生じないようにすべきです.レフェリーをレフェリーするということです.
レフェリーには,批判すべき点は批判したうえで,論文の改善に資する具体的・建設的な指摘をすることが期待されます.編集委員会がまずその意識を持ち,落とすことが快感になっているレフェリーには(査読報告を見ればそれは分かります)依頼を差し控えてほしいものです.
雑誌のページ数は決まっていますから,掲載できない論文はどうしても出てきます.しかし掲載に至らなくても著者から感謝されるような査読・編集でありたいものです.
とはいえ,最初の4種類の論文の例のように,本学会の論文は多様です.いい知恵はなかなか浮かびません.私の提案は,幅広い分野をカバーできるように,編集委員12名に加えて,編集協力委員(associate editor)をほぼ同数任命することです.
協力委員は大抵レフェリーを兼務することになるでしょう.編集会議へは出席しなくていいでしょう.ただしレフェリーと違って,編集会議の議論と結論を知らされることにします.掲載・不掲載の決定に至る議論を知る人がほぼ2倍に増えるわけです.
編集長にとってはあとで文句を言ってくる人が増えるだけ厄介かもしれませんが,分野のバランス,レフェリーの意見のチェックという点では改善が期待できます.
私自身は科学史学会の和文誌,欧文誌の編集経験はありませんが,15年間にわたってSCIAMVSという欧文の学術誌の編集をしたので,編集には色々思い入れがあります.長くなったので,今日はこのくらいで.